FC2ブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

横浜市の日の丸・君が代「対応シート」で追及

横浜市の日の丸・君が代
    「対応シート」で追及-強制的使用を許さず

2003年3月15日と3月28日の文教・科学委員会。
はたの議員は「職員会議で自由な発言ができるのは当然といえるか」と 質問。
 阪田内閣法制局第一部長は「建設的な意見の交換が期待されている」 と答弁。
 それに対してはたの議員は「ところが現場はそうなっていない。 職員会議で自由にものが言えない、反対を言う権利が侵されている」と、 横浜市教委が「日の丸・君が代」に対する教職員の対応をチェックさせる  「対応シート」を校長に配布したことを取り上げ、追及しました。
中曽根文 部大臣は「対応シートは見ていない」としながらも「問題ない」と強弁。
はたの議員は「思想・良心・表現の自由が侵害されている」 と抗議し、実態を 調査し、「対応シート」を撤回するよう指導すべきだと迫りました。
その後、明らかな形での「対応シート」の使用は行われていません。
スポンサーサイト

「不登校児童・生徒は在籍者に 数える」文部省が答弁

1998年9月24日、文教・科学委員会で、はたの議員は1985年の文部省教育助成局長通知で「1年以上当該学校に通学していねい児童・生徒は、教職員定数の算定上は在籍者としない」と規定しているため、不登校児が在籍者でないかのように受け止められているとして削除を要求。
御手洗・文部省教育助成局長は「その後、出欠の取り扱いをかなり弾力化した通知を1992年9月に出した。1985年の通知をそのまま適用するものではないことを十分趣旨徹底している」と答弁し、不登校児は在籍者に入ることが明らかになりました。
不登校児を在籍者として数えることは教員・教室を増やすこととなり、これらの児童・生徒の居場所・復帰場所を確保することにつながります。

養護教諭を5年計画で約1000人増員を実現!

保健室の先生(養護教諭)を5年計画で
約1000人増員を実現!

 はたの議員は2000年8月9日、文教・科学委員会で、保健室に不登校を含む子どもが殺到している実態を示し、養護教諭の増員を要求しました。
その結果、養護教諭はそれまで学級数を基準として30学級以上の学校に複数配置されていましたが、児童・生徒数を基準に配置することになり、小学校851人以上、中学校801人以上、高校は収容定員801人以上の学校に複数配置することになりました。その結果、2001年度から5年計画で、養護教諭を974人増やすことができました。

 日本語教育の教員が約100 人増員される

1999年3月8日、文教・科学委員会ではたの議員は、横浜市の小学校の外国人子女教育問題をとりあげ、日本語教育のために配置されている教員を増員するように求めました。
御手洗康・文部省教育助成局長は、外国人子女に対する日本語教育の現状と教員配置について、1999年度で第6次教員配置改善計画の前倒しによる加配定数の増員の方向で「都道府県と個別に相談したい」 と答弁。
翌1999年度から日本語教育教員は約100人増員され、横浜市でも外国人子女が通学する小中学校に加配されました。

私学助成金の増額が実現!

 私学助成金の増額が実現!
 はたの議員が保護者や教育関係者と力を合わせた国会での質問などで
1998年度~2003年度の6年間で高校以下の私学助成は国庫補助で 253億円増、地方交付税で316億円増、大学の私学助成で267億円増の成果をあげています。

国会初質問で30人学級実現を求める

はたの君枝さんは、1998年~2004年7月25日まで、参議院神奈川選挙区選出の参議院銀として、、文教科学委員会、決算委員会、国民生活・経済に関する調査会各委員、 党参議院国会対策副委員長などで活躍しました。
その間の活躍・奮闘ぶり、実績を順次紹介します。

国会初質問で30人学級実現求める
1998年9月24日参議院文教・科学委員会での初質問 
  30人学級の早期実現を求める。
   有馬文相「今後の教職員配置のあり方等について検討を開始したい」と答弁。
   それ以来、13回、歴代5人の文部科学大臣すべてに30人学級、
   少人数学級の実現を迫ってきた。

2000年3月28日参議院文教・科学委員会
30人学級を実現する場合の経費を質問。

矢野文部省教育助成局長「(全国のすべての公立の小中学校で)直ちに実施す場合、教員約12万人、約9800億円が必要。約9万学級増となる」と答弁
この時まで、文部省は他の議員が30人学級の試算を明らかにせよ、と迫ってきましたが、明らかにしてこなかった。しかし、この質疑で予算の裏付けのある30人学級実現計画の作成がはじめて可能になり、野党が30人学級法案を提出する大きな一歩になった。

2001年3月8日
衆議院本会議 30人学級実現をめぐって攻防

与党の「義務標準法改正案」・・・40人に据え置き、「主要」3教科を習熟度別で「小人数授業」をめざす 野党案(共産、民主、社民)・・・9年間で30人以下学級を実現し、このため小中高教員約27万人を増員。
石井郁子議員(共産)が演壇から答弁(国会史上初)
   野党案は否決されたが、参議院で野党3党と無所属の会は「30人学級法案」提出。
同年3月26日参議院本会議 はたの議員が代表質問に立ち、阿部幸代議員(共産)が民主、社民議員とともに答弁し、これも国会史上初。
 野党案は成立しなかったものの、
その後、多くの地方自治体が「学級編制の弾力化」条項を活用し、独自の予算で少人数学級を実施する重要な契機になりました。
(シリーズ①終わり)



センター北駅の時計

カレンダー

06 | 2009/07 | 08
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31 -

ご意見を お寄せください

名前:
メール:
件名:
本文:

プロフィール

しま

Author:しま
事務局のブログ担当です。
日々の様子、都筑区の魅力を伝え、皆様と交流ができたらと考えます

月・年別アーカイブ

新着情報をRSSで配信中

われもこう♣日本共産党 都筑区後援会♧のRSSフィード

QRコード

QRコード

検索フォーム

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。